大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)4027号 判決

主文

一  債権者原告大原重信、債務者訴外中田製作所こと亡中田三郎間の、大阪地方裁判所昭和三七年(ワ)第四、一一三号約束手形金請求事件の判決による債務名義につき、大阪地方裁判所書記官は原告に右中田三郎の一般承継人被告中田幸男こと姜幸男に対し一一分の三の割合で、被告中田英子こと孔泳熙、被告中田明こと姜明、被告中田哉こと姜哉、被告中田輝子こと姜輝、被告中田冨美子こと姜冨美子に対しそれぞれ一一分の一の割合で強制執行のため、承継執行文を付与すべきことを命ずる。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一  原告は訴外中田製作所こと中田三郎に対し大阪地方裁判所昭和三七年(ワ)第四、一一三号約束手形金請求事件の確定判決(昭和三八年六月二九日確定)を有している。

二  訴外中田三郎は慶尚南道昌寧郡高岩面中大里一四一番地に出生した、本名姜錫鏞という大韓民国人であるが、同訴外人は昭和四三年二月一三日死亡した。

三  同訴外人の相続人は、長男であつて戸主相続をする被告姜幸男、同一家籍内にある男子である訴外姜正秀、女子である被告姜明、同姜哉、同姜輝、同姜冨美子、訴外姜有子、および妻である被告孔泳熙であるから、大韓民国民法により、その相続分は被告姜幸男については一一分の三、その余の被告らは各一一分の一である。よつて被告らは、前記判決による訴外中田三郎こと姜錫鏞の債務を右相続分に応じて承継したから、原告のため各被告らに対し右割合により執行文を付与するよう、大阪地方裁判所書記官に命じられたく、本訴に及ぶ。

と述べ、被告らの抗弁事実を否認した。

(立証省略)

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一  請求原因一項は不知。

二  同二項は認める。

三  同三項は、被告姜幸男が、訴外姜錫鏞の長男であつて戸主相続人であること、被告泳熙が妻であること、その余の被告らが同一家籍内にある女子であることは認めるが、その余は争う。

と述べ、抗弁として、

一  原告は昭和四一年から昭和四二年初頃までの間に、訴外亡中田三郎に対し、債権放棄の通知をして来た。その中には本件確定判決記載の債権も含まれていたから、右債権は現存しない。

二(一)  訴外亡中田三郎は大阪市北区堂山町一〇一番地、木造瓦葺二階建事務所兼居宅(一階一二三、二七平方メートル、二階一一九、〇四平方メートル)を所有していて、被告らはこれを相続しているものである。

(二)  原告は右建物を訴外中田三郎から昭和三二年一〇月一日、賃料月額金一万五、〇〇〇円、支払期日毎月末日、期間一〇年、特約賃借権の譲渡、転貸ができる、との約定で賃借した。

(三)  そして原告は右建物を訴外協栄不動産株式会社に転貸し、同訴外会社は更に右建物の一部を訴外東永商事株式会社に転転貸しているものである。

(四)  ところが訴外中田三郎および被告らは原告から右建物に対する賃料を受取つておらず、その合計は昭和四七年六月末日現在金二六五万五、〇〇〇円(月額金一万五、〇〇〇円の割合で一七七カ月分)に達する。

(五)  よつて被告らは、右賃料請求債権をもつて原告の本件確定判決による請求債権と対等額で相殺する。(昭和四七年九月一二日口頭弁論期日)

三  原告の本件確定判決による請求債権のうち、右判決書(甲第一号証)添付約束手形一覧表の番号2、3、11、19は訴外寿鉄工株式会社振出の約束手形(その合計金五三万円)であり、番号21は同訴外会社裏書の約束手形(額面金一三万六、〇〇〇円)であるところ、原告と右訴外会社とは昭和三七年一月二一日右の合計金六六万六、〇〇〇円を含めて金一〇一万三、五〇〇円の金銭消費貸借契約があつたとして、同年二月一七日公正証書を作成した。その後右訴外会社ないし連帯保証人福泉敏正は右債務金を弁済しているから、原告の被告らに対する請求金額も金六六万六、〇〇〇円減額さるべきである。

と述べた。

(立証省略)

理由

一  成立に争のない甲第一号証の一ないし六によると原告は訴外中田製作所こと中田三郎に対し大阪地方裁判所昭和三七年(ワ)第四、一一三号約束手形金請求事件の確定判決を有していること、右判決は訴外中田三郎に、金二九四万七、九二八円およびこれに対する昭和三七年四月二九日より完済に至るまで年六分の割合による金員を原告に対し支払うべき旨命じたものであり、昭和三八年五月二五日に口頭弁論終結し、同年同月三〇日に言渡され、同年六月二九日に確定したものであることが認められる。

二  訴外中田三郎が慶尚南道昌寧郡高岩面中大里一四一番地に出生した、本名姜錫鏞という大韓民国人であつて、昭和四三年二月一三日死亡したこと、被告姜幸男が右訴外人の長男であつて戸主相続人であること、被告孔泳熙が妻であること、その余の被告らが同一家籍内にある女子であることは当事者間に争がない。ところで被告らが抗弁として主張するところは、いずれも本件確定判決の請求権の消滅事由である。執行文付与の訴においてこのような実体上の請求権に関する事由を抗弁として主張し得るかについては、請求異議の訴との関連で、積極、消極の両説が対立するところであるが、当裁判所は積極説をとるものである。けだし両訴はたしかに機能、目的は相違するが、結局においてともに債務名義の執行力の存否を判断するものであり、そうであれば形式的な事由と実体的な事由とを区別する実益はないのみならず、執行文付与の訴で実体的事由を主張し得るとすれば、後に請求異議の訴を提起できなくなる効果を認めねばならないが、執行訴訟を細かく定型化し訴訟のくり返しを認めるよりも、当事者にとつてはるかに実益があるからである。よつて以下被告らの抗弁につき判断する。

三 被告らは、抗弁一において、原告が昭和四一年から昭和四二年初頃までの間に、訴外亡中田三郎に対し、債権放棄の通知をなし、その中に本件確定判決記載の債権も含まれていたと主張するが、被告姜幸男、同孔泳熙各本人尋問の結果中、右主張にそう部分は証人藤森勝三の証言、原告本人尋問の結果と対比して措信できず、他に右主張事実を認め得る証拠はない。よつて抗弁一は理由がない。

四 成立に争のない乙第一号証によると、訴外亡中田三郎は生前、大阪市北区堂山町一〇一番地所在、木造瓦葺二階建事務所兼居宅一棟、一階一二三・二七平方メートル、二階一一九・〇四平方メートルを所有していたこと、登記簿上右建物につき、昭和三二年一〇月二日受付第一九六五一号、原因、同年同月一日賃貸借契約、借賃、一カ月に付金一万五、〇〇〇円、支払期日 毎月末日、存続期間 契約の日より向う満一〇ケ年、特約、譲渡、転貸ができる、賃借人、原告とする賃借権設定登記がされていることが認められるが、成立に争のない乙第二、三号証、証人藤森勝三の証言、原告本人尋問の結果によると、右設定登記は実体を伴わず、原告は単に名義を貸したものに過ぎないこと、すなわち、原告、訴外藤森勝三、同訴外菅郁蔵らは、将来訴外協栄不動産株式会社を設立し(昭和三二年一一月一一日設立)、同訴外会社が訴外中田三郎より前記建物を賃借し、貸事務所業を営むことを計画し、中田三郎の承諾を得たが、会社設立まで相当期間を要するのに、中田三郎は当時他に多額の債務があり、その債権者による右建物に対する執行が予想されたので、その場合に備え、中田三郎と合意の上、単に名義上のみの前記賃借権設定登記をなしたもので、現実には前記訴外会社成立後、同訴外会社が賃借していることがそれぞれ認められる。被告姜幸男、同孔泳熙各本人尋問の結果中、右認定に反する部分はにわかに措信できず、他に右認定を覆えすにたる証拠はない。よつて抗弁二は理由がない。

五 次に抗弁三について判断するに、被告らの主張は要するに、本件確定判決による約束手形債務のうち、訴外寿鉄工株式会社振出、ないし裏書にかかるもので、訴外会社が訴外中田三郎とともに原告に負担していた合計金六六万六、〇〇〇円の約束手形債務については、昭和三七年一月二一日原告と訴外会社との間で、訴外会社の原告に対する別口の債務を含め、合計金一〇一万三、五〇〇円につき準消費貸借が成立し、その後主債務者である訴外会社および保証人である訴外福泉敏正により右債務の全額が弁済されたから、本件確定判決による債務も金六六万六、〇〇〇円の限度で消滅したというに帰する。しかしもし被告らの主張どおりであるとすれば、昭和三七年一月二一日の準消費貸借の成立により、右訴外会社の旧債務である計金六六万六、〇〇〇円の約束手形債務は消滅したことになり、その後の弁済をまつまでもなく、同時に訴外中田三郎の原告に対する同約束手形による同額の債務も消滅していることになる。そして本件確定判決の口頭弁論終結時は、右消滅時である昭和三七年一月二一日より後である昭和三八年五月二五日であるから、確定判決の既判力によつて遮断され、被告らは右消滅事由を本訴で主張し得ないことは明らかである。よつて抗弁三も理由がない。

六 原告らは、訴外亡中田三郎の相続人は、被告らのほかに男子である訴外姜正秀、女子である訴外姜有子があるから、韓国民法により、その相続分は被告姜幸男については一一分の三、その余の被告らは各一一分の一である、と主張する。当裁判所に明らかな、韓国民法九八四条、九八五条、一、〇〇〇条、一、〇〇三条、一、〇〇九条によれば、右訴外人らも相続人であるとすれば、被告らの相続分は原告主張どおりであることが認められる。成立に争のない甲第四号証によると、中田三郎の五女として中田有子、次男として中田正秀の記名捺印がされているが、当裁判所が成立を認める甲第二号証によると中田三郎の戸籍謄本には右訴外人らは記載されていないことが認められるから、同訴外人が果して中田三郎の同一家籍にある子といえるかどうか疑問である。しかしいずれにしても、被告らが少くも原告主張どおりの相続分を有することは明らかである。そうだとすると本件確定判決正本につき、被告らに対し右相続分に応じた割合による執行文の付与命令を求める原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、を適用して主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例